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戦車なんて鉄の箱

2008.11.13.Thu.00:24
あうちゃんにいただいた一式戦車をいじくりたおしていました。
ただの鉄の箱なんだし、UV展開なんて簡単かんたん、などと高をくくっていましたら、これが意外に難物・・・。結構複雑な形状をしておりまして、一苦労であります。
メタセコのUV PowerToolで展開しようとしても、Hexagonで展開しようとしても、データが重いもので、なかなか一筋縄ではいきません。
最終的に、UVmapperでBOX展開してみたのですが、これだと迷彩がきれいに繋がらないのですね。
きれいに繋げるためには、細心の注意が必要です^^;

かといって、部品ごとに分けていちいち展開したのでは、迷彩などさらに無理・・・。
もうすこしいじくり倒してみますw

TypeIUV.png

コメント
こんばんわ~
WW2の戦車と言えば有名なのはドイツ軍ですね。
タイガーシリーズとかパンツァーシリースとか・・・
でもソ連の戦車も凄かったみたいですね。
名前は忘れちゃいましたが・・・・(^^;;
米国は力VS物量のイメージですが、
独ソ戦の戦車VS戦車は
力VS力のイメージが有ります。
なんだか血湧き肉躍ります。
っで、我が日本の戦車は・・・・
鉄の棺桶のイメージが・・・・・(><
戦艦や飛行機は凄いのになぁ・・・
あくまでイメージです。(^^;;
Anera さん、こんばんわーノ
ソ連の戦車は、T-34/76 、T-34/85、スターリンといったところですね。
ドイツ戦車は当初、練習用のI号、軽戦車のII号、中戦車がIII号、重戦車がIV号といった位置づけで、グデーリアン将軍が機甲師団の構想を立ち上げ、具現化したことで、電撃戦を可能たらしめ、マジノ線をいとも簡単に突破せしめたのが始まりですね。
で、ソ連での戦闘でT-34/76に遭遇して歯が立たず、いわゆるT-34ショックを受けて誕生したのが、V号戦車パンター、VI号戦車ティーガーIです。
さらに、ティーガーIをパンターと同様の被弾径始装甲および部品の共通化を図って再設計したのが、ティーガーII=ケーニヒスティーガーになります。
つまり、当時、T-34なかりせばパンターもティーガーも無かった・・・。そんな位置づけです。
ただ、T-34は故障が多く、戦車兵の訓練も行き届いてなかったので、故障したら乗り捨て。ソ連戦車こそが、物量(だけ)で押し切ったという感じです。

自分的には、米軍戦車はよくも悪くも、合理的な設計されたマスプロ工業製品といったイメージです。

日本の戦車も、消して悪いわけじゃないのですよ。
ただ、日本国内やジャングル内での運用を想定していて、軟弱な地盤や橋を渡ることを考えると、大型化できなかったというのが理由のようです。
また、兵站や戦場のインフラを整える工兵が、ほぼ人力に頼っていて貧弱だったのも一因かもしれません。
ティーガーやパンターも、真面目で一徹なドイツ戦車兵および整備兵の努力あったればこそ運用できたので、日本にティーガー戦車持ってきても、自重で地面に沈んで終わりだったんじゃないかなあ・・・。
まあ、ティーガー走行時のキャタピラ接地圧は、成人男性2人が一本足で立った、靴の裏程度だったそうですけどね。

梅本弘著「ハッピータイガー」は面白かったけど、後半の展開はありえなかったと思いますw
司馬遼太郎のエッセイで、四式戦車(だっけか?)の装甲にヤスリをかけてみたら、いとも簡単に削れてしまって暗澹たる気持ちになった、ということが書かれていますが、「あたりまえだろうが!」とツッコミ入れて読んでいました。
戦車装甲はただ硬いだけじゃだめで、弾をはじくにはある程度柔らかく、粘りのある素材なのです。それがヤスリで削れるのは当然のこと。
「昭和の日本はダメだった」という司馬近代史観も、マユツバものだなあ、と思った次第です。
ちなみに、降伏直前のソ連侵攻では、日本軍はソ連軍に勝っています。国が降伏しちゃっただけなのでした。決して、ダメダメじゃなかったと思いますよ。

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